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日本土人形資料館
東山公園観光  日本土人形資料館のある東山公園一帯は、地元では「おかんのんさん」の愛称で親しまれてきました。 一帯には古刹・旧跡があり、季節の花も楽しむことができ、のんびりと散策したいスポットです。
周辺観光マップ
 
巡り逢いの巨石
日本土人形資料館駐車場から徒歩0分

巡り逢いのロマンを秘めた土人形「月の兎」。このロマンが生んだ「巡り逢いの巨石」は、日本土人形資料館の駐車場隣にあります。愛と巡り逢いを願う多く皆さんにとっての「聖地」となりつつあります。

巡り逢いの巨石の詳細はこちらをご覧下さい

北信五岳展望台
北信五岳は、斑尾山、妙高山、黒姫山、戸隠連山、飯縄山が美しく並んで見える北信地方ならではの眺望です。 東山公園から見る北信五岳は随一で、サンセットポイントとしても親しまれております。 巡り逢いの巨石の脇には、展望台があり、中野市街地と北信五岳のコントラストが望めます。 空気が澄んだ日には遠く北アルプスを見ることもできます。

如法寺
日本土人形資料館駐車場から徒歩3分
今昔物語に登場するお寺です。 807年に弘法大師(空海)は、ここで草庵を作り千手観音像を彫って安置し、その後、826年に弘法大師の弟子・真如法親王により如法寺が開山されたと言われています。 後に荒廃した寺院は1412年に中野を治めていた高梨氏が堂宇を修理し再興。 1561年の川中島の合戦で焼失、1623年に再興しました。

大悲閣観音堂
清水寺(京都府)と同じ懸崖造り。規模は大きくないものの、その荘厳な造りは目を引きます。 千手観音が祀られており、天井には観音絵図が描かれています。 舞台からは、木々の合間に中野市街地や黒姫山を望むことができます。 現在の観音堂は、1836年に建立されたものとされています。

弘法堂
 
弘法堂
 
弘法堂
 
弘法堂

弘法堂
17世紀後期に建築されたと推定され、如法寺の中でも古い御堂と言えます。

仁王門(山門)
東山公園の参道を下っていくと山門があります。川中島の戦火の被害には遭わなかったと言われております。

弘法桜
弘法大師が807年にこの地で草庵を結んだ時、突いてきた桜の杖を刺したものから芽が出て大きくなったと伝えられています。


弘法の泉
弘法大師が手にした錫杖(しゃくじょう)で地面を突いたところ、こんこんと冷水が湧き出てきたと伝えられています。この泉は現在も絶えることなく、弘法桜脇の池の源泉となっています。


イチョウ
目通り6m超、高さ約25mで、地上約3mで6本の大枝にわかれています。雄株で樹齢不詳。 以前は、乳の神として鳥居も建てられていましたが、現在は観音像がまつられています。このイチョウの葉が黄色に染まり、すべて落葉すると根雪になると言われています。

参道
春には桜のトンネルとなります。 特に参道上部の石畳は、傾斜はきつめですが、趣があってのんびり歩きたい遊歩道です。

霊閑寺
日本土人形資料館駐車場から徒歩1分
中野市は、妙心寺(京都府)を開山した無相大師の生誕地とされています。 無相大師が、故郷に帰った1324年に、現在地より北西約700mの所に開創しました。1561年、川中島の合戦の兵火で焼かれ、廃寺となってしまいましたが、1937年に現在地に復興されました。

無相大師祖堂
無相大師の600年忌を記念して、1959年(昭和34年)に建立され、無相大師を祀ってあります。

ツツジ
霊閑寺の庭園には、約350株のツツジがあり、初夏にはきれいに咲き誇ります。

「道しるべ」 
日本土人形資料館駐車場から徒歩10分(「出会い」まで)
東山公園は歩く健康づくりのメッカとなっています。 出会い、希望、仲良し、元気、平和、やすらぎ、長寿。7つの「道しるべ」が東山公園を歩く人たちを温かく迎えてくれます。
公衆トイレ「やすらぎの館」   
日本土人形資料館駐車場から徒歩1分
東山公園の公衆トイレは、日本土人形資料館隣にあります。その名も「やすらぎの館」。お気軽にご利用ください。
東山森林空間トレッキングコース 
コース内には、次の4つの「小道」が設定されており、自由にコースを楽しむことができます。
  • 歴史と展望の小道
  • 桜の小道
  • ドングリの小道
  • カブトムシの小道

鴨ヶ獄城址
現状の大規模な構築は、戦国時代の初めのころ、高梨氏がふもとの居館とともに、修築拡大したものとされています。この鴨ヶ嶽城は比高差300メートルの独立尾根上に南北500メートルにわたっております。
本郭(本丸)は最高所にあって約8メートル×35メートルの長方形をなしています。その東と西に腰郭と切岸を伴い、南には土壇状の土塁と深い堀切があり、北には堀切と段郭が続いています。また、南方の郭には、井戸跡と思われる施設も残っています。
トレッキングの詳細はこちらをご覧下さい

高梨館跡公園
戦国時代に中野地方を支配した武将、高梨氏の居城跡。 長野県内唯一の中世の庭園跡が確認されるなど、中部地方の中世史研究に重要な遺構。10棟余の建物跡などの遺構も土中に良好に保存されています。

高梨氏は中野市の礎を築いたとされ、この地方を治めていた武士でした。1460年頃に中野に入り、居館と鴨が嶽に山城を築いたとされています。武田信玄の侵攻によって上杉氏を頼り、武田氏が滅んだ後に再び中野へ戻りましたが、1598年には上杉家とともに会津へ去りました。この居館はそれまで使用されていたものと見られます。

1969年に県史跡に指定。現在は、高梨館跡公園として整備されています。 空堀と土塁に囲まれた居館跡の部分は国史跡に指定されます。

泰清寺

 

高梨家の菩提寺。1222年に建てられました。 1561年の川中島の合戦で焼失。1577年に再興されました。本尊の木造釈迦如来像は、江戸時代に作られたもので、おだやかな美しさを放っています。

山門
唐様の山門は、この地方では珍しいものです。

北向観音堂
1587年建立。1624年に火災で焼失し、その後再建されました。老朽化により1999年再建。

百庚申
庚申塔が100基あります。  昔は、観音堂の前の道は、山ノ内町へ行くための主要な道でした。この道を利用する人たちにより結社された講によって建てられてものです。 古いもので1850年ごろのものが見られ、これだけの庚申塔が並んでいるのは、珍しいとされています。

常楽寺


 

 

もともとは、1345年に夢想疎石が開いたと言われています。その後、荒廃してしまいましたが、1583年に上杉景勝が寄進して、上杉謙信の菩提を弔うために建てられたとされています。東に迫る箱山、西に遠く望める北信五岳、雰囲気のいい場所です。

本堂
現在の本堂は、1819年に建てられたものです。廊下はウグイス張りとなっています。細かく彫られた彫刻も目を見張ります。

羅漢殿
仁王門と本堂の間には、羅漢殿があります。 通路を挟んで両側の棚に並んだ「五百羅漢」は圧巻です。 1800年ごろの作で、地方にこれだけ揃ったものは珍しいとも言われております。

仁王門
1867年建立。仁王像と一緒に、風神・雷神も置かれています。

シダレザクラ
境内のシダレザクラも歴史を感じさせます。駐車場脇にはソメイヨシノも咲き誇ります。

公衆トイレ「やすらぎの館」   

東山公園は古くから桜の名所として知られています。一帯の桜の総本数は600とも言われています。 「あげまんじゅう」は、花見の時期の東山公園名物。あげまんじゅうを買い求めようと、期間中幾度となく訪れる人もたくさんいます。

ツツジ
霊閑寺の庭園には、約350株のツツジがあり、初夏にはきれいに咲き誇ります。

アジサイ
現在、約1,000株のアジサイが植えられています。 巡り逢いの巨石脇から霊閑寺脇の参道まで「あじさいの道」が設けてあり、アジサイの中を散策することもできます。

イチョウ
如法寺のイチョウは、目通り6m超、高さ約25mで、地上約3mで6本の大枝にわかれています。雄株で樹齢不詳。 以前は、乳の神として鳥居も建てられていましたが、現在は観音像がまつられています。このイチョウの葉が黄色に染まり、すべて落葉すると根雪になると言われています。

ガイド

東山公園・高梨館跡公園をご紹介します―東岳会― 事前に電話にてお申込ください。
0269-22-4421(布施谷さん) ガイド料は無料です。

 
 
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